函館地方裁判所 昭和59年(む)162号 決定 1984年9月14日
主文
本件準抗告を棄却する。
理由
一本件準抗告の申立の趣旨は、「原裁判を取消す。勾留請求を却下する。」というものであり、その理由は別紙記載のとおりであるが、要するに、本件の勾留請求は逮捕状に基づかない違法な逮捕を前提とするものであるから却下されるべきであり、勾留を認めた原裁判は取消を免れないというものである。
二当裁判所の判断
1 被疑者は、昭和五九年九月七日午後七時三五分、北海道警察函館方面本部(以下「本部」という)防犯課内において、本件勾留と同一の被疑事実で緊急逮捕され、同日午後九時五五分、函館西警察署(以下「西警察署」という)司法警察員が函館地方裁判所裁判官に対し被疑者の逮捕状を請求し、同日逮捕状が発布されたことは一件記録により明らかである。
2 更に、一件記録及び当裁判所における事実の取調の結果によれば、次の事実が認められる。
(一) 西警察署は、被疑者が昭和五九年九月三日ころから数回にわたり自宅などにおいて覚せい剤を使用しているとの情報を得て、同月六日午前九時から午前一一時二〇分までの間、捜索差押許可状に基づき、いずれも被疑者立会のうえ前記肩書住居地の被疑者の自宅、函館市千代台町所在の被疑者が経営する「S企画」店舗(以下「S企画」という)などの捜索を実施し、その後、被疑者に任意出頭を求めて、同日午前一一時五〇分ころから西警察署において覚せい剤使用の有無について事情聴取を行つた。その際被疑者の右上腕部には注射痕があつたものの同人は覚せい剤の使用を否認する態度に終始し、更に、警察官からの尿提出の要求に対しては、尿を提出する旨述べて二、三回便所に赴いたが尿が出ないとして結局尿を提出しないまま、同日午後七時ころ、同署警察官に対して、翌日再び同署に出頭する旨申し述べ帰宅した。
なお、同日西警察署警察官は、被疑者宅において被疑者の姉A女から注射針入りケース一個、注射筒(一CC用)一本、小箱一個の任意提出を受け、これらを領置した。
(二) 翌七日(以下(七)まで同日を省略する)午前九時ころ、被疑者宅を訪れた西警察署防犯係長神谷勇次警部補(以下「神谷警部補」という)及び深見正大巡査部長が被疑者に警察へ出頭し尿を提出するよう求めたのに対し、被疑者は食事を済ませてから出頭すると申し述べたため、神谷警部補らは同所で待機していたが、S企画へ行きたい旨被疑者から要求があつたことから、被疑者を警察車両に同乗させて同店舗へ赴き、同店舗に午前一〇時ころ到着した。そして、被疑者及び神谷警部補らは共に店舗内に入つたが、午前一〇時三〇分ころ、被疑者は前日捜索を受けて迷惑をこうむつたことや出頭する旨伝えたのに警察官が来たことに憤慨し、B弁護士に電話をかけ、同弁護士に対し、警察官から警察へ同行するようつきまとまれて困つている旨申し述べたため、同弁護士は、電話口に出た神谷警部補に対し、逮捕状が出ていないことを確認のうえ、被疑者には現時点では任意同行の意思が無いようなので引き取つてもらいたい旨申し述べた。
(三) そこで、神谷警部補らが同店舗を出て警察車両に戻つていたところ、まもなく被疑者が店外に現われ、神谷警部補らに対し、外科医院に立寄つたうえB弁護士の事務所へ行きたいので乗せていつてくれと要求したため、同警部補らは、右求めに応じて被疑者を同車両に同乗させ、被疑者が指示した外科医院に立寄つたうえ、午前一一時ころ右弁護士事務所に赴いた。被疑者は同所でB弁護士と面談し、同弁護士から、逮捕状を確認したうえでなければ警察へ行かないようとの指示を受けた後、再び警察車両に同乗してS企画へ戻つた。神谷警部補らは、被疑者から尿の提出を受けるため、同所において再度警察へ任意出頭を求めたが、被疑者が店の用事がある旨申し述べてこれに応じない態度を示したため、その時点での説得をあきらめていつたん西警察署へ引き返した。
(四) 西警察署に戻つた神谷警部補らは、これまでに収集した捜査資料から被疑者が覚せい剤を使用したことは明らかであり、しかも前日からの被疑者の態度からして、被疑者からの尿の任意提出は困難と判断し、強制採尿を実施すべく、函館簡易裁判所裁判官に対し、そのための捜索差押許可状を請求し、午後二時ころ「強制採尿は医師をして医学的に相当と認められる方法により行わせること」の条件付で被疑者の身体を捜索し、尿を差し押えることを許可する旨の捜索差押許可状(以下これを「本件令状」という)の発布を得た。なお、これより先、同署司法巡査は、N医師に右強制採尿の実施を依頼し、同医師から採尿場所として本部医務室の指定を受けた。
(五) 神谷警部補らは、午後二時過ぎ、本件令状を持参して再びS企画に赴き、店外に出て来た被疑者に対し、強制採尿の令状が出ているので出頭願いたい旨述べて任意同行を求めた。これに対し、被疑者は店の用事を済ませてから行く旨申し述べて店舗内に入り、再びB弁護士に電話をかけ、右事情を告げて同弁護士の指示を仰いだところ、同弁護士からその場で身体の捜索をしてもらい警察官が警察へ連行するというのであれば、逮捕状の有無を確認するよう指示されたことから、被疑者は、警察官に対し「逮捕状を持つてこなければ逮捕できない。違法逮捕だ。行く必要はない。」などと申し向けて任意同行を拒否する態度を明確にしたため、警察官らは、その態度から被疑者の任意出頭を求めるのは困難と判断し、店舗から退去した。
(六) 午後四時四五分ころ、本件令状を携帯した神谷警部補ら警察官五名がS企画前に集合していたところ、折から店舗内にいた被疑者の求めに応じて出かけてきたA女が内側から施錠されていた同店舗の扉を被疑者に開けてもらつて中へ入るのを目撃したので、同警部補らは被疑者を採尿場所である本部医務室まで同行すべく警察官四名が右A女に続くようにして店舗内に入り、逮捕状が出た旨被疑者に告げて警察官二名が被疑者の両脇からその腕をかかえるようにして同人を店外に連れ出し、そのまま同人を警察車両後部座席に乗車させ、その両脇に警察官二名が同乗して本部に向つた。
(七) 同車両は午後五時ころ本部に到着し、被疑者は同所三階の医務室に入室した。午後五時一五分ころ医師Nが右医務室に到着し、同医師が被疑者に対し排尿をうながしたところ、被疑者は、これに応じて数回コップを手にして排尿の姿勢をとつたものの、結局、排尿はなかつた。そこで、午後五時三〇分ころ、同医師は、看護婦の求めに応じて自らベットに仰向けになつた被疑者の身体からカテーテルにより尿約一二〇CCを採取した。右尿は直ちに本部長宛鑑定嘱託され同本部鑑識課犯罪科学研究室で鑑定の結果午後七時三二分同尿から覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパンが検出されたことから、前記のとおり、被疑者は午後七時三五分緊急逮捕された。
3 右認定事実に基づいて判断するに、右経緯のうち、弁護人が主として問題としているのは、同月七日午後四時四五分ころ、S企画において、逮捕状の発布がないにもかかわらず被疑者に逮捕状が出ている旨告げ、警察官二名が被疑者の両脇から腕をかかえるようにして同人を店舗外に連れ出し、そのまま警察車両に乗車させたうえ、強制採尿を実施するため函館方面本部に赴いた一連の行為(以下「本件連行行為」という)である。なお、本件連行行為について、神谷警部補は、被疑者に本件令状を示して記載の事実を読み聞かせ、出頭を要求したところ、被疑者は自ら店舗の外へ出て抵抗することもなく車両に乗つた旨供述するが、当時店舗にいたA女、K女が供述する目撃した状況、前記認定の、被疑者は逮捕状を示されない限り警察への任意出頭を拒む態度を明確にしていた状況からすると、右事実はなかつたものと認められる。また、被疑者は、本件連行行為の際、右腕をねじあげられ、みぞおちを殴られた旨供述するが、この点もA女が供述する目撃した状況からすると右事実はなかつたものと認められる。
ところで、本件連行行為は、右認定の行為態様及び被疑者の任意出頭を拒んでいた態度などに照らすと、被疑者に対する強制力の行使とみるほかないか、被疑者は、本件連行行為のなされた日の前日である九月六日に覚せい剤使用の容疑で西警察署において事情聴取を受け、さらに尿の提出を求められており、帰宅の際に翌七日に警察に任意出頭する旨申し述べていたこと、翌七日午前九時ころ、神谷警部補らは、被疑者が任意出頭してくれるものと考え、同人方を訪れ、同人に対し、警察に出頭して尿を提出するよう求めたこと、これに対し、被疑者は、任意出頭する旨述べたものの、そのような素振りを示すのみで、その後の再三の出頭要求にもかかわらずこれに応じなかつたこと、そのため、同警部補は、同日午後に至つて、やむなく強制採尿を実施するため本件令状の発布を受けたこと、同警部補らは、同令状を持参してS企画を訪れ、同人に右令状が出ている旨述べて同人の任意出頭と尿の任意提出を求めたこと、被疑者は、これに応ぜず、弁護士と連絡するなどしたうえ、逮捕状が出ていない限り出頭しないとして任意出頭を明確に拒否する態度を示すようになつたこと、そのため、同警部補らは、同日午後四時四五分ころ本件連行行為に及んだこと、同警部補らは、本件連行行為により被疑者を車両に乗せた後、強制採尿を実施するため、直ちに採尿場所として医師から指定を受けていた本部医務室に被疑者を連れて行き、強制採尿を実施したことが認められるのであつて、これらの本件連行行為前後の経緯をあわせ考えると、同警部補らは、できるかぎり被疑者の任意出頭を求めて採尿(当初は任意の、その後は強制の)をすることを目的としていたのであり、しかも、本件においては、本件連行行為前に被疑者に対し本件令状が発布されており、被疑者もその存在を認識していたところ、本件令状は、その性質上、採尿場所への身柄の連行を強制しうるものと解されるから、本件連行行為をもつて、令状によらない身柄の拘束とみるべきではなく、強制採尿を実施するため本件令状において許容された身柄の連行行為であつたとみるべきである。
もつとも、本件においては、前記認定のとおり、本件連行行為の際、被疑者に対し、本件令状を示した事実は認められないうえ、警察官が被疑者に対し逮捕状が出ている旨虚偽の事実を申し向けたことが認められ、右の点は、法律上の手続に違背していることが明らかであるが、前者については、その当時警察官が本件令状を携帯していたことや、被疑者も、それ以前に警察官から本件令状の存在を告知されていたことに照らすと、さ程重大な瑕疵とは解し難い。また、後者についても、本件令状により被疑者の採尿場所への身柄の連行を強制しうるものであることや、本件事案の性質、本件連行行為に至る経緯などの諸事情に鑑みると、その後の手続に影響を及ぼす程の重大な瑕疵とは認め難い。
以上のとおり、本件連行行為は、本件令状に基づく身柄の拘束行為であるとみられるし、これに伴う前記の瑕疵もその後の手続を違法ならしめる程の重大な瑕疵とはいえないから、これが違法な逮捕であるとの弁護人の主張は採用できない。更に、弁護人が主張するその余の、本件連行行為の前日に無令状のまま逮捕され厳しい取調を受けたとの主張及び強制採尿の際暴行を受けたとの主張についても、そのような事実は認められないし(弁護人の主張に沿う被疑者の供述は措信できない。)、他に、本件について逮捕を違法ならしめる事実は認めることができない。
そうすると、本件勾留請求が違法な逮捕に基づくものであるとの弁護人の主張は理由がなく被疑者の勾留を認めた原裁判は正当である。
よつて、刑事訴訟法四三二条、四二六条一項により主文のとおり決定する。
(山口幸雄 小川育央 河合健司)
別紙<省略>